«

横山大観

  • 「霊峰」6号
  • 「不二霊峰」15号
  • 「霊峰不二」10号

横山大観 Taikan Yokoyama(1868〜1958)

西暦 略歴
1868年水戸藩士の長男として生れる
1878年一家あげて上京、湯島小学校に通う
1947年東京美術学校日本画科予科に入学
1885年東京英語学校に学ぶ
1888年母方の親戚、横山家を相続。結城正明の画塾に通う
1889年美術学校開校、第一回生として入学
1895年京都市美術工芸学校教諭となる。この頃より大観の号を用いる
1896年東京美術学校助教授に任命され、上京
1897年長野県上田の滝沢文子と結婚
1898年東京美術学校校長・岡倉天心排斥と同時に、助教授を懲戒免官となる。
岡倉天心の下、橋本雅邦らと、日本美術院を設立。
1903年 天心の勧めにより、菱田春草とインドに渡航
1904年岡倉天心に同行し渡米。ニューヨークにて、春草・紫水と展覧会を開催
1905年米国よりロンドンに渡り、展覧会を開催。仏・伊・独を経て帰国
1906年茨城県五浦に、日本美術院移す
1907年文部省美術展覧会(文展)官制交付。日本画審査委員に命じられ
1908年上野池之端に移る
1914年日本美術院再興し、第一回展覧会(院展)を開催
1919年帝国美術院設立と同時に会員の内命があるが、固辞
1921年米国主要都市で、日本美術院同人展覧会を開催
1930年美術使節として、速水御舟らを伴い、イタリアに渡航
1937年文化勲章の最初の受章者となる。帝国芸術院会員となる
1951年文化功労者
1958年急性気管支炎にて、逝去

横山大観記念館

«